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頑張り過ぎるあなたに藤井猛九段からメッセージ。「竜王3連覇は、忙しすぎたからこそ達成できた」と語るワケ<木曜日の相談室 vol.9>

目まぐるしく変化する毎日、慌ただしく駆け抜けた今週もあと少し。そんな木曜日の1日に、ほんの少しだけ気持ちが軽くなれるお部屋、「木曜日の相談室」

第5回目のゲストは、「藤井システム」と呼ばれる革新的な方法を編み出し、竜王3連覇を達成したトップ棋士、藤井猛九段。羽生善治九段を筆頭とした「羽生世代」の中でも遅咲きと言われていますが、常識を覆すその手法は将棋界に革命をもたらしました。また、ユニークな名言や軽快なトークでも知られ、 将棋ファンの大きな支持を集めています。
今回は「わたしがいま、かかえている悩み」をテーマに相談を募集し、藤井さんにお話をお聞きしました。

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藤井猛九段 プロフィール
1970年9月29日生まれ。将棋プロ棋士。段位は九段。独自に開発した振り飛車の戦い方で数々の輝かしい記録を残しており、「振り飛車党総帥」として将棋棋士の中でもカリスマ的な人気を誇る。「藤井システム」と呼ばれる画期的な戦法を編み出し、それを武器に1998年に「竜王」のタイトルを獲得。羽生善治九段らの挑戦をはねのけ、竜王3連覇という偉業を達成。その後も「藤井矢倉」「角交換四間飛車」という独創的な戦法を生み出し、トップ棋士として活躍。タイトル戦登場は7回、棋戦優勝は8回。

相談①:最近将棋でめっきり勝てない。新しいことに挑戦してくじけそうになったとき、どうやってモチベーションを保てばよいか

ペンネーム:三間飛車は我が人生さん(32歳)
将棋を始めて以来、三間飛車(※)をずっと指してきて約4年が経ちます。三間飛車の魅力の虜となりはや4年ですが、最近めっきりと勝てなくなってきました。先手番があまり勝率がよくなかったこともあり、「7八飛車戦法」に手を出してしまったことが全ての始まりだったかもしれません。はたまた、ただのスランプか、実力不足なだけかもわかりませんが、どうしても勝てないことに苛立ちが募る毎日です。ふと初手2六歩や、三手目4ニ飛車なんかがチラついて三間飛車を捨てそうになってしまうのも辛いところです。
私から先生にお伺いしたいのは、こういった新しいことに挑戦して挫けそうになった時のモチベーションの保ち方です。システム開発の折、なかなかうまくいかないこともあったかと思います。そういった時にどうやってモチベーションも保ち、日々研鑽されていったかを教えて頂きたく思います。また、同じ戦法を長く指す上でのモチベーションの保ち方も同じく教えていただけたら嬉しいです。

※ 三間飛車:将棋の戦法のひとつで、将棋の最強の駒である飛車を初期配置から別の場所に移動させて戦う「振り飛車戦法」の一種。攻撃力の高さと攻めが決まったときの爽快感からアマチュアにも根強いファンが多い。

「楽しい」よりも「辛い」が勝ったらスタイルを変えてみよう

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三間飛車は我が人生さんは、私のスタイルと似ています。ひとつの得意戦法を軸に戦うスタイルですね。私も、将棋を始めてからずっと中飛車戦法ばかり指していました。中飛車が大好きだったんです。だから気持ちはよくわかります。

エース戦法を決めて戦うスタイルには苦労もありますが、そもそも好きでやっているわけなので、特にアマチュア時代は苦に感じませんでした。むしろ「たまには違う戦法で指してみなさいよ」って言われるほうがイヤでしたね。私も頑固なところがあったので、「口出しするな!」という気持ちになりました。

でも、好きで始めた三間飛車を指していて、楽しいより、苦しい、辛いが勝ったら、違う戦法を指してみてもいいかもしれません。私も居飛車を指してみて、また改めて振り飛車の良さに気付きました。違う戦法を指してみて、やっぱり三間飛車が楽しいと思えたら、また戻してみればいいのではないでしょうか。

三間飛車の研究だけでは勝ちに結びつかないかもしれません。将棋は総合的な勉強が大事です。序盤だけでなく、例えば振り飛車の勝局を中心に棋譜並べをしたり、詰め将棋を解くのを毎日の習慣にするなど、中盤や終盤を勉強してみてはいかがでしょう。

負けたくない、という気持ちがモチベーションになる

もちろん、私も挫けそうになることはあります。むしろ、しょっちゅうです。基本的に、負ければ挫けますからね(笑)。でも、一つ勝つだけで気持ちは復活します。確かに負け続ければキツイんですけど、5連敗くらいしても、1勝すれば元気になることも知っているので、やはりまずは勝つことでしょう。

そもそも私は、将棋は好きだけど勝負事が好きじゃありません。とにかく負けると腹が立つんですよ。
私が将棋を指す理由は、「負けたくないから」なんです。負ける可能性があるから対局はいつも怖いし、常に恐怖との戦いです。それでも将棋が好きだし、振り飛車が好きなんです。

消極的な考えですが、「負けるのがイヤだ」という気持ちを維持することが、モチベーションにもなるんです。

トップに行くためには藤井システムが必要だった

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藤井システムの開発は、必要不可欠でした。タイトルを獲るには、振り飛車の天敵、居飛車穴熊に勝ち続けなければならなかったので。25歳の頃の私は、全棋士中、真ん中くらいの順位でした。でも、当時は羽生善治さんをはじめ、順位トップの同世代がいっぱいいた。彼らに勝つには現状のままではダメだと感じたので、思い切って藤井システムを開発しました。

開発に成功したのでよかったですけど、今思えば運がよかったとしか言いようがありません。
対居飛車穴熊への執念が、成功へ導いたと思っています。もしシステムの開発に失敗していたら、タイトルは獲れていなかったかもしれません。

それだけ追い詰められていた時期でした。そこそこの勝率でもいいと思えるなら、私はシステム開発なんていう勝負はしなかったと思います。でも、タイトルを争う棋士になりたいじゃないですか。失敗するかもしれないけど、挑戦するエネルギーに溢れていたんです。

今でもたまに、「藤井システムパート2を期待しています」と言われます。でも、今の私は歳を重ねて頑固になり過ぎました(笑)。それではムリです。
今の若手の棋士たちに託します。ぜひ自分で研究や挑戦をしてほしい。期待しています。
三間飛車は我が人生さんも頑張って下さい。

相談②:正解のない育児。いかにして親として進むべきか?

ペンネーム:イクラみちさん(37歳)
私は今、1歳と3歳を育てる母です。日々の育児では、つい頑張り過ぎてしまい、疲れて、結局、そんな自分に苛々して不機嫌な母親になってしまい、反省する日々です。育児に正解がないように、将棋も未だに正解のない世界だとお聞きしたことがあります。多様な情報が溢れる中、自分らしく正解のない時代をいかにして親として進むべきかアドバイス頂けましたら嬉しいです。

竜王3連覇は、育児中だったからこそ達成できた偉業

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子どもは1歳から3歳までが一番たいへんな時期ですよね。私は竜王のタイトルを獲得した直後に子供にも恵まれ、将棋人生で最も充実した3年間と、3歳までの子育ての時期が重なったんですよ。妻と2人での子育てでも、その3年間は記憶がないほど忙しかったです。お茶を飲む時間を作ることすら大変で、あまり将棋の勉強もできないので、子どもを抱っこしている時も頭のなかで考えている感じでしたね。

その3年間は、竜王を3連覇している時期でもありました。正直に言えば、「もしあの頃、もっと将棋に集中できていたら、もっといろんなタイトルが獲れたのかな」と、考えることもありましたが、多分違うと思っているんです。すごく忙しかったけど、将棋のほうもしっかり勝てていました。

大変なことが重なったけど、そのぶん頑張っていたから結果も出たのかな、って考えているんです。もし子どもが生まれていなくて、将棋に集中していたとしても、竜王3連覇はできていなかったかもしれません。実際、子どもが幼稚園に入って育児が楽になったら、将棋で勝てなくなってスランプに陥りましたから。

最近、子どもに「小さい頃の記憶ある?」と聞いた結果……

そう考えると、イクラみちさんも、この大変な状況だからこそ得られるメリットもあるのかもしれませんよ。育児も段々と楽にはなってくるので、ここは頑張りどころ。三つ子の魂百までというように、愛情はたっぷり注いだほうがいいと思います。

「正解のない時代をいかにして親として進むべきか」ということですが、実は私も最近、子どもに「小さい頃の記憶はある?」って聞いたんですよ。そうしたら、「お風呂場に閉じ込められたのを覚えている」って言うんです。

確かに2歳くらいのとき、好き嫌いがひどかったときにそんなことをしたことがありましたが、そういう記憶だけ残ってても……ねぇ(苦笑)。本当に反省しましたよ。子どもの記憶はちゃんと残るので、できればイクラみちさんも、笑顔でいてほしいですね。

相談③:同世代に多くの強敵がいるなか、どのような気持ちで研究を続ければよいか

ペンネーム:最小のこいのぼり(25歳)
私は現在ある学問の研究者を目指し、学生として研究に明け暮れています。研究そのものは楽しいのですが、自分と同世代の人が素晴らしい研究成果を出し、第一線で活躍している姿を見ると「自分はなんて無能なんだ」、「こんなこと研究して意味があるのか」と思い胸が苦しくなります。
藤井先生も同世代に多くの強敵がおり、自分の研究成果を発揮しても勝ちきれず悔しい思いをしたことが一度や2度ではないと思います。藤井先生はそんななか、どのような気持ちで研究を続けられたのですか。ぜひアドバイスをいただけると幸いです。

藤井システム研究中に「意味がないかも」と考えなかったワケ

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自分の研究に結果が伴うかどうかという問題は、将棋の世界でも同じです。私の場合は羽生九段を筆頭に、同世代にたくさんの強敵がいました。いわゆる「羽生世代」と呼ばれる6人のトップ棋士がいて、タイトル獲得後は私もその中に数えられていました。でも、私は将棋を始めた年齢も一番遅く、他の5人とはまったく別な立場に置かれていたんです。

彼らに勝つためには、自分だけの武器を持つ必要がありました。必要に迫られて研究を始めたのが藤井システムです。それはまた、タイトルを争う棋士になるためにも必要な研究でした。研究抜きでは絶対に勝ち目がないので、研究中に「意味がないかもしれない」とは思いもしませんでした。

よく「羽生さんたちに刺激を受けたか」とか、「周りと比べられて焦らなかったか」と聞かれますが、焦りはまったくなかったですね。私も同じ棋士ではありましたが、そもそも同じ土俵に立っているとは思っていなかったので。羽生さんとは同じ歳ですが、僕が四段になったときに、もう羽生さんはタイトルまで獲っていましたからね。

上には天井があるから、頑張ればいつかは追いつける

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でも、私はスタートが遅くてよかったと思います。同世代に強い人たちがたくさんいたけど、私は焦る必要がないくらい後発だったから、そういう意味ではマイペースで研究に没頭できました。結果、天と地ほどの差があったのに、追いつけましたしね。

実は、上というのは詰まるものなんですよ。上にいくと天井に突き当たるので、頑張っていればいつかは追いつけるんです。自分がトップに立ったときも同じでした。やはり天井で止まるんですよ。

なので、周りはそんなに意識しなくてもいいんじゃないですか? 周りの人たちに先に行かれても、先頭はどうせ渋滞しているので。最小のこいのぼりさんものんびり行けばいいと思います。一時的に差が付けられても、焦らないことが大切です。

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