世界遺産を通して若者に届けたいこと、描く未来とは―。世界遺産アカデミー主任研究員に聞く。
屋久島、知床、富士山、厳島神社——。私たちの暮らす日本には現在25もの世界遺産があり、そのすべてが今日までの長い歴史によって生み出され、これから我々が後世に残していかなければならない重要な遺産です。
さらに世界を見渡すと、フランスの「モン・サン・ミシェル」、ペルーの「マチュ・ピチュ」、中国の「万里の長城」など168の国と地域に1,199件(2024年1月時点)が登録されています。
そんな「世界遺産」を題材にした検定があることをご存じでしょうか。
「世界遺産検定」は人類共通の財産・宝物である世界遺産を通して、国際的な教養を身に付け、持続可能な社会の発展に寄与する人材の育成を目指したいという思いで運営されており、マイナビ出版が運営事務局の役割を担っています。2006年に始まって以来、35万人以上が受検し、すでに20万人以上が認定。2014年からは文部科学省の後援事業として、小学生から90代まで幅広い年代の方々が挑戦している検定です。
今回は世界遺産検定の事務局スタッフをしながら、NPO法人世界遺産アカデミーで世界遺産の研究員も務める、宮澤光さんにお話を伺いました。
日々の世界遺産に関する研究だけでなく、大学やセミナーで世界遺産にまつわる講義の実施や、書籍の出版、テレビ番組の監修なども務める宮澤さん。世界遺産を知り尽くした宮澤さんが思う、その魅力とは——。
「あれ、なんで国が変わっているんだろう?」と興味を持った幼少時代
―世界遺産に興味を持ったきっかけは。
世界遺産といいますか、一番最初に世界に興味を持ったのは、恐らくテレビの影響ですね。幼稚園のころに『アーサー王物語』のアニメが好きで観ていて、ヨーロッパ中世の世界に関心をもちました。あとは、3歳からバイオリンを習っていたことも影響しているのかなと思います。バイオリンってヨーロッパが中心なので、音楽を通して身近に感じられる環境だったことも影響しているのかなと思います。
小学生の頃からはサッカーばかりしていたのですが、サッカーのワールドカップを通して色々な国を知り、国ごとの雰囲気の違いなどにも興味を持ちました。当時ユーゴスラビア代表のある選手のことが好きだったのですが、気付いたらその選手がセルビア代表に変わっていたんです。当時のユーゴスラビアは内戦が起こっておりその影響だったのですが、ぼくは「なんで国が変わったんだろう」「何の影響なんだろう」と、世界に対して興味を持ったきっかけだったことを覚えています。
そのような体験もあり、年を重ねて大学院に進んだあとも、世界遺産や世界史を学びたいと思い博士課程にいながら研究をしていました。その際にマイナビ出版の編集の方から「世界史に関する本を出版しませんか?」とお話をいただき、その出会いをきっかけに世界遺産の写真集の校閲の仕事をすることになり……。話が進む中で、世界遺産検定の事務局スタッフとして参加することになりました。
日々の生活が世界と繋がっている。そう思える世界遺産の魅力
―世界遺産の魅力とは。
例えばですけど、レソトって国を知っていますか?恐らく多くの人はあまり知らないと思うのですが、アフリカ大陸にあり、周囲を南アフリカ共和国に囲まれています。関東地方より少し小さいくらいの国土に約210万人が暮らしている国です。
ぼくも2013年頃、レソトに初めて世界遺産が登録されたことをきっかけにレソトという国を知りました。すると、今までは気が付いていなかっただけで、実はテレビのニュースや日常の生活などでもレソトという国を見たり聞いたりする機会が多いということを知りました。
例えばレソトって内地なので海がないんですけど、山の中のダムでトラウトサーモンを養殖し日本に輸出しているんです。スーパーマーケットなどに並んでいるサーモンの値札を見るとたまに「レソト産」って書いてあるんですよ。あとはレソトって英語の教育にも力を入れているので、海外アパレルブランドの工場もたくさんあったりして。洋服のタグを見るとそこにも「レソト製」って書いてあったりします。
世界遺産を通してレソトに出会うまでは、聞いたことも見たこともないと思っていた国が、実はぼくたちの日常とつながっており、近くにあった。そんな気付きや出会いを与えてくれる、そうした世界への窓口になってくれるのが世界遺産の魅力だと思うんです。
「建造物はもちろん、その歴史的背景も魅力」。宮澤さんおすすめの世界遺産
―おすすめの世界遺産は。
フランスにある、「ヴェズレーの教会と丘(サント=マドレーヌ大聖堂)」はイチオシです。フランス留学中にレンタカーを借りて「行ってみよう!」と思い立ち、向かっていたのですが、復活祭の時期だったこともありとても混んでいて、ホテルに片っ端から電話をしても、どこも空き部屋はないと断られてしまいました。
途方に暮れながらも、ひとまず近くについたので、見つけたホテルに入ってみると、そこは先ほど電話で断られたホテルで‥。半ばあきらめつつ相談してみると、「うちは空いていないけど、電話してあげるからそこで待ってなさい」と2軒ほど電話をかけてくれました。どちらも空きがないことがわかると、なんとすぐ隣の民家へ案内してくれたんです。結局、その民家の客間に泊めてもらうことになり、人の温かさを感じました。
恐らくこの街の親切さには、歴史的背景が関係していると思います。
ヴェズレー地方は12世紀ごろに、キリスト教信仰の中心地のひとつとして非常に栄えており、多くの巡礼者が溢れていました。きっと当時からぼくのように、宿も予約しないでふらっと来る若者がたくさんいたのでしょう。
そんな背景はもちろんのこと、大聖堂自体も、フランス・ロマネスクの傑作と言われるように、色の異なる石を組み合わせたアーチ構造がとてもきれいに作られていて見ごたえがあります。ワインも美味しい地方ですし、少し遠いですがぜひ一度は訪れてほしいとてもおすすめな世界遺産です。
互いの国が、“大切にしていること”を尊重し合える世界でありたい。
―今後の目標や挑戦したいことを教えてください。
この仕事を通して、一番やりがいを感じることは、若い人たちが世界や社会に興味を持ってくれたときです。決して、世界遺産の専門家になってほしいわけではなく、世界遺産を窓口にして色々なことに興味をもってもらいたいんです。世界遺産を学ぶことで、政治の見方や環境問題の受け止め方などニュースの見方や理解が変わってくると思います。世界遺産って”人類の歴史”なので過去の事例や人類の経験がそこに詰まっているんです。世界遺産検定を通して人を育てることが、ぼくのやりたいことなのかもしれません。
また今後は、世界遺産について学ぶ機会を国内だけでなく海外にも広げていきたいですね。海外の方はあまり世界遺産を意識していないことが多いのですが、何のためにあるかを考えたときに、「平和な世界をつくりたい」ということに尽きると思います。世界遺産ってその国が大切にしているモノじゃないですか。なので、お互いの大切なものを尊重し合う気持ちを忘れないでもらいたいですし、自分たちとは違う価値観を世界中が理解し合えば紛争も減るでしょうし、理想の世界に近づけると思うんです。海外には検定というものがあまりないので、検討するべきことは多くハードルも高いとは思いますが、目指していきたいですね。