「チェンジを恐れず、人生に新たな句読点を打ってみよう」水彩画家・柴崎春通さんが美大志望の若者に伝えたいことは「チェンジを恐れないこと」<木曜日の相談室 vol.27>
目まぐるしく変化する毎日、慌ただしく駆け抜けた今週もあと少し。そんな木曜日の1日に、ほんの少しだけ気持ちが軽くなれるお部屋、「木曜日の相談室」。
今回のゲストは、水彩画家の柴崎春通さん。「いま、わたしが相談したいこと」をテーマに相談を募集し、柴崎さんに話をお聞きしました。
相談①「40歳までに美大に入ろうと思っているのですが、のんびりすぎますか?」
40歳まで会社員として生きるのも“人生経験”としてはよい
みなこさんは今、とても幸せに過ごされているということですよね。
僕のYouTube視聴者には「仕事が大変だった」「子育てで疲れている」という人たちが多く、よく「柴崎さんの動画を見て癒やされた」といったコメントをいただきます。今の時代は内面的、経済的に大変な人が増えているんじゃないかと心配になりますが、みなこさんは楽しく生活されているようで、本当に素晴らしいと思います。
みなこさんは40歳までには美大に行きたいと考えていて、「ちょっとのんびりすぎるでしょうか? お金を工面してでも早いうちに行った方がいいでしょうか」ということですが、これはちょっと難しいところですね。
今のまま40歳まで会社員として生きるのも、人生経験を積むうえではいいことだと思います。ただ、「鉄は熱いうちに打て」「思い立ったが吉日」じゃないですけど、僕であれば思い立ったその日から最短で美大を目指すと思います。
美大に行くメリットは、仲間たちからもらえる“刺激”
「絵を勉強するのに美大は行かなくてよいという話も聞きます」という件についても、やはり人それぞれだと思います。
美大は一般的な大学とは違い、先生が直接指導してくれたり、誰かに絵を教わったりするようなことはないと思います。僕自身、美大で先生に直に教わった経験はありません。もちろん、どの美大に行くかで違うかもしれませんが、先生が手取り足取り教えてくれるような美大は少ないんじゃないかなぁ。
美大に行くメリットは、作家を目指している人々と同じ空間に身を置くことで刺激がもらえる点だと思います。そこにはご近所のアトリエとは違った空気感があるはずですし、周りの学生から薫陶を受けたり、先生からの影響を受けたりすることもあります。
美大は基本的に黙々と絵を描くだけの場所ですが、絵を描くということは「創作」なので、非常に孤独な世界なんですよ。スクラップ&ビルドをひたすら繰り返す作業ですから、あまり楽しい世界ではありません。絵を描けば描くほど正解がわからなくもなります。
もちろん、作家への憧れも初期衝動としては大切です。でも、プロとして世に立つつもりなら、決して甘い世界ではないということは覚えておかないといけません。描いた絵が売れるかもわからないし、そもそも世の中はそんなにたくさんの絵を必要としていませんからね。
若いうちしか描けない絵もあるという事実
どちらにしても、みなこさんは現時点で美大への憧れが強いようなので、ぜひ行ってみたらどうでしょう。「40歳までには」とのことですが、もっと早く行けるなら、なるべく早く行ったほうがいいと思います。
40歳で美大に入学するとしても、一概に「遅い」とは言い切れませんが、人生を時計として考えた場合はどうでしょう。80歳まで現役で活動すると仮定した場合、40歳からスタートするのであれば、あと40年しか活動できません。年齢を重ねるにつれて目も衰えますし、手も衰えます。一方、若い頃は吸収力もあるし、自分の絵に行き詰まったとしても、まだ立て直す気力や体力があります。
若いときと中年以降では、作風も変わるんですよね。若いときはみんな突っ張っていて、反発心があって、絵も尖っています。しかし中年になってくると体力も衰え、絵にも余分な力が入らなくなってきますし、だんだん世の中のことがわかってきて、物分かりもよくなってきてしまいます。
もちろん、どちらの作風が良いという話ではありませんが、若いうちに本腰を入れて絵に取り組まないというのは、いろんな意味でもったいない気がします。
趣味の延長で大学に行くというのであれば、それはそれでいいと思います。でも、もしプロになるために美大へ行くなら、積極的に人生をチェンジしていかないと、何も新しいことは起きないかもしれません。
チェンジを恐れず、人生に新たな句読点を打ってみよう
人生は句読点なく過ぎていくものですから、自分で意識的に環境を変えていくことで、句読点を打っていくことが大事だと思います。僕もいつも「今年はこれをやって、来年はあれをやろう」と句読点を打つよう意識していますし、そのために自分を追い込むようにしています。
創作活動というものは、自分を追い込まないとできないんですよ。「いつか傑作を創るぞ!」と言っているだけでは、いつまで経っても傑作は完成しません。「傑作ができたら展覧会をやるぞ!」なんて言っていたら、いつまでも展覧会なんて開けないんです。
本当に展覧会を開きたいなら、先にギャラリーを予約して、お金も払っちゃうこと。それも、数年後というスパンではなく、数ヶ月後にやるぞと決めちゃうんです。そうすると、すごく力が出てくるんですよ。「今日は絶対に絵を3枚描くぞ」と結果を追い求めるようになりますし、自然と作品を量産せざるを得なくなります。
明確な期日がないと、絵を描いている最中も迷いや破壊衝動に飲まれてしまい、作品数は積み上がりません。しかし、時間を区切ってしまえば自ずと作品も積み上がっていくし、その都度、「もっとこうしたほうがよかったかな」「次はもっとこう描いてみよう」とひとつの結論がくだせるわけです。
美大に興味があるなら、なぜ美大に行きたいのかを自分の心に問うて、自分自身をしっかり追い込んで、そのうえで「美大に言って絵描きになるぜ!」と周りの人に宣言しちゃったほうがいいですね。そうやって逃げ道を断たないと、「仕事が忙しいから計画通りいかないのはしょうがないな」と自分に言い訳ができてしまいますから。
充実した今の生活と絵を天秤にかけるのは難しいでしょうし、絵のプロとして生計を立てられる人は本当にごく一部です。それでもやはり美大に行きたいのであれば、「鉄は熱いうちに打て」が大事だと思います。チェンジを恐れず、新たな句読点を打ってみてはどうでしょう?
相談②「絵を描くときにマンネリ化しない方法を教えてください」
作家は個人的な人間。他人が介在する余地はない
今も絵を描きたいという気持ちがあるなら、絶対に描いたほうがいいと思います。ただ、「他の多くの人も絵を描いてるし、自分が描く意味ってないのでは」という点はどうでしょう。絵を描くというのは非常に個人的な作業ですから、そこに他人が出てくる必要はないのではないでしょうか。
僕は絵を描くときに、他人のことを考えたことはありません。よく、「どの作家の絵が好きですか?」と聞かれますが、表現として他の作家の絵を参考にすることはあっても、特定の作家を好きになったことはありません。過去の偉大な作家たちも、その当時の条件の中で生きてきたわけですし、僕もまた彼らとは違った条件の中で生きているわけですから、比べようがないんです。
作家というのは、もっと個人的な人間です。「人に注目されたい」といった名誉欲はあったとしても、それ以外の部分で自分と他人を対比させて考えることはないかと思います。もしくは、自分と他人を比較しないようなタイプの人間が作家になっていくのかもしれません。
多くの人は、「あの人がああいう格好しているから真似しよう」「自分も流行りに乗らなきゃ」ということで、みんな似たようなスタイルにしていますが、それはつまり他の人のことがいつも気になっているということです。しかし、厳しいことをいうと、作家は他人を観察することはあっても、スタイルを真似したり、気になったりすることはないはずです。
いつまでも過去を引きずらず、「前へ、前へ」
「自分ももっと楽しく、先生みたいに素敵な絵を描きたいです」ということですが、プロにとって、絵を描くというのは決して楽しい作業ではありません。
僕はYouTubeで、「絵を描くって楽しいことなんだよ」というメッセージを送っていますが、それはあくまで作家ではない不特定多数の皆さんに向けたものです。作家ではない皆さんには、ぜひ絵を楽しんでほしいと思いますが、相手がプロであれば話は違います。作家は、楽しいという気持ちだけでは絵を描けませんから、作家の人は僕のYouTubeを見なくていいと思います(笑)
「高校生のとき、自分で自分のことが大嫌いになってしまい、自分の描く絵も気持ち悪く感じて、楽しく描くことができなくなってしまいました」ということですが、28歳になった今もその名残があるというのは、よほどのことがあったのでしょう。
それでも、いつまでも過去を引きずらないほうがいいと思います。僕にとって絵は描いたらもう終わり。描いた絵はどんどん捨てています。制作が終わったらもう興味がなくなりますから。常に「前へ、前へ」の気持ちで、やりたいことだけを見つめていれば、過去や他人のことを気にすることもなくなってくると思います。
マンネリ防止は「過去を振り返らないこと」
「絵を描き続けていくときマンネリにならない気持ちの持ち方」というのも、過去のことを忘れるようにすることが大事だと思います。
マンネリというのは、絵に変化がないから感じるものだと思いますが、過去のことは過去のこと、今やっていることは今やっていることで、まったく別ですからね。
僕ももう76歳になりますが、今は76歳なりの体力でやっているので、過去の若かった自分とは条件が違います。画風は変わっていないかもしれませんが、過去の自分とは体力も気力も違いますし、人はいつも脱皮していますから、マンネリなんてありえません。
過去を振り返るほど人生は長くありません。僕なんて、果たして明日の朝ちゃんと目が覚めるかもわかりませんから、マンネリもヘチマもありません。思い立ったことをやるだけ。その積み重ねの毎日を過ごしているだけの話です。
視点さえ変えられれば、いつでもワクワクできる
「どう思えばずっとわくわくできるのか」についてですが、自分の視点さえ変えられれば、いつでもワクワクできます。今日が昨日の続きだと思うからワクワクしないんだと思います。
僕は毎朝目が覚めると、「起きたらまず猫にご飯をあげて、庭を掃除して、畑に野菜を穫りに行って、そのあとに絵を2枚描こう」と具体的な1日の流れを想像します。そうやって自分で決めたことをひとつずつこなしていくことに面白みを感じています。
人に言われてやるのは絶対にダメですし、面白くないことも絶対にしません。面白いと思えることを、自分で選んでやるから面白いんです。自分の人生は自分に選択権があるわけですからね。
時間は自分のためにありますし、時間を売ってお金を稼ごうと思ったらおしまいです。休日を待ち遠しく思っているようではダメですよ。だってそれって、待ち遠しいと思えるような平日を生きていないってことじゃないですか。毎日が休日だと思えるようになれば、毎日がきっと面白く感じるはずです。
ハードルを上げず、まずは絵をたくさん描くこと
「描くとき何を考えてらっしゃるのか」との質問ですが、僕はただ「格好いい絵を描こう」ということだけを考えています。何も難しいことは考えていません。
僕も40歳くらいのときは「もっと傑作を描かなきゃ」って焦っていましたし、その結果、絵が描けなくなったこともありました。だけど、銀座をぶらぶらしていたら、たまたま通りかかった画廊で個展が開かれていたので、試しに中に入ってみたんです。そこで、「こんなに酷い絵で個展やってんの? 俺のほうができるじゃん」と思って、一気に肩の力が抜けました(笑)。それ以降はまた絵が描けるようになりましたね。
意外とそんなもんですよ。自分の中にオバケを作っちゃうと、そのオバケに押し潰されてしまいます。傑作を描こうと意気込みすぎると苦しくなっちゃうので、あまりハードルを上げず、まずは絵をたくさん描くこと。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」ですから。絵を10枚しか描かないなら傑作も生まれませんが、1000枚描けば傑作が生まれる可能性も高まります。
まだ20代ですから、大丈夫ですよ。まずは過去をひきずったり、他人と比べたりすることを辞めるところから始めてはいかがでしょう?