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「勝つための努力さえできていれば、負けても後悔はない」負けず嫌いな棋士・木村一基九段の勝負論<木曜日の相談室vol.21>

目まぐるしく変化する毎日、慌ただしく駆け抜けた今週もあと少し。そんな木曜日の1日に、ほんの少しだけ気持ちが軽くなれるお部屋、「木曜日の相談室」

第11回目のゲストは、プロ棋士の木村一基九段。「いま、わたしが相談したいこと」をテーマに相談を募集し、木村九段に話をお聞きしました。

木村一基(きむら・かずき)プロフィール
1973年6月23日生まれ。将棋プロ棋士。段位は九段。プロ入りは23歳と遅咲きだったものの、力強い受け(守り)を武器に各棋戦で活躍。しかし、タイトル獲得の壁は厚く6回の挑戦もすべて失敗に終わる。ところが「百折不撓」の精神で立ち上がり、2019年、46歳にしてついに「王位」のタイトルを勝ち取った。翌年藤井聡太棋聖(当時)にタイトルを奪われたものの、現在もトップ棋士の一人として活躍している。また、ファンサービスも旺盛で、解説の面白さは将棋界随一。対局で活躍するだけでなく、イベントにも引っ張りだこの人気棋士。

相談①「娘が挑戦に尻込みしてしまいます」

紅茶りんごさん(30代 女性)
木村先生こんにちは。我が家は、私と夫、来年小学生になる娘の三人家族です。娘への対応について相談です。娘は大の負けず嫌いです。負けると周りの目も気にせず大泣きをします。また、そのせいもあってか、挑戦することに対して尻込みをしてしまいます。
同じく娘を持つ親であり、勝負の世界に身を置き、百折不撓の棋士としてご活躍される木村先生なら、どのようなお声掛けをなされますか? また、耐え忍んでいる時、どのように切り替えていらっしゃいますか? ご教示頂ければ幸いです。

負けず嫌いな子どもこそ将棋を楽しんでみよう

私にも娘がいますが、娘はそんなに負けず嫌いな性格ではないので、我が家に関してはあまり参考にならないかもしれません。でも、私自身は今でも対局で負けたら悔しくて眠れないことがあります

私としては、こういう負けず嫌いな子どもにこそ将棋をやってほしいと思います。将棋は2人で指すものなので、どちらか1人は必ず負けます。負けて泣く子もいますが、負けを恥ずかしく感じる必要はないし、何度も指していくうちに「負けは全然悪いことではないんだ」ということも学べます。カッコよく言えば、簡単に挫折を味わえるのが将棋なんですね

ぜひお子さんには、将棋を教えてあげてください。やる気を育てることも大事ですから、最初は親がわざと負けてあげましょう。徐々に勝ち負けを繰り返すようにしてください。

負けず嫌いは決して悪いことではありません。むしろ、物事への思い入れが強いということは、ひとつのことに一所懸命取り組む性格である可能性も秘めています。負けず嫌いを治してしまうことで個性を減らすのは、あまり得策ではないように感じます。

敗北の悔しさは趣味やお酒では払拭できない

私が将棋を始めたのは幼稚園の年長の頃。最初は友達に教わっていたのですが、段々勝ちが続くようになり、母親にせがんで一緒に指してもらうようになりました。その後、おじさんばかりが集まる将棋教室に行くようになったのですが、当然、そこで勝つことなんてないわけですよ。みんな私より強かったので。

それでも、何回も指しました。負けるのは嫌だったけど、少しずつ何かを乗り越えていくんですね。10回に1回でも勝てれば「上手になったんじゃないか」と思えましたし、その積み重ねで強くなっていきました

もちろん、未だに負ければ悔しいんですけどね。負けたとき、相手の嬉しそうな顔を見ていると、本当にたまらなく悔しくなるんですよ(笑)。今でも悔しさをバネにして頑張っていますし、その負けず嫌いの気持ちがなんらかの向上心に役立っていると思いたいですけどね。

ちなみに、負けの悔しさを紛らわすために趣味に没頭したり、酒をいっぱい飲んだりもしてみましたが、何ひとつ効果はありませんでした。敗戦の悔しさは、次の公式戦で勝つまで払拭できません。プロの対局は忙しいときでも週に一、二回なので、その一週間はずっと敗戦のことばかりを考えています。

でも、その悔しさが「技術面での努力を続けるしかない」という結論に繋がるんです。人間は弱いもので、負けが続けば逃げたくなることもあるし、将棋以外に何か違う道はないかと考えることもありますが、冷静に思い返せば私には将棋しかないんです。他の道に行こうと思っても無理なんです。将棋しかないということは楽ではないけど、常に将棋に戻れるのは幸せだと感じています。

「負けるからイヤだ」では何もできなくなってしまう!


私の弟子にしろ、将棋に興味を持った子どもたちにしろ、将棋を好きになった時点で負けず嫌いの要素は持っていると思いますし、将棋の楽しみ方を知っているように見えます。

ただ、私自身は、基本的に弟子に対して「どうしろこうしろ」とあまり言わないようにしています。目立って悪い癖があればアドバイスすることもありますが、師匠が何でもかんでも伝えてしまうと、自分で反省して改善する機会を奪ってしまうんですね。なぜ失敗したのかを振り返ってみて、自分に折り合いをつける。この過程を省略すると、成長できません。

特にお子さんの将棋大会を見ていると、子どもの手に親がどうこう言う人ほど伸びない傾向があるように感じます。多少放っておくくらいの親のほうが子どもの成長も早い気がしますし、私もそういう大会で親御さんと話す機会があれば、「子どもは放っておいたほうがいいですよ」と伝えています。

将棋では、ミスをしないなんてことはありえません。なので、ミスなど気にせず、何でも積極的に挑戦する気持ちをもってほしい。もちろん、本当にイヤなら無理してやらなくていいと思いますよ。でも、「負けるからイヤだ」では何もできなくなってしまうので、どうか負けを厭わず挑戦してほしいですね。

相談②「人と接するときに心がけていることを教えてください」

Todayさん(40代 男性)
W杯の日本代表のように勝てば称賛され、負ければ批判される勝負の世界で結果が出ない時が続くと非常に苦しい思いをされると推察いたしますが、そのような場面における心構えをご教示頂けますでしょうか。
世の中より先行して、将棋界では人工知能が仕事の分野に大きく影響を与えていると思います。人工知能でなくなる仕事がたくさんあると言われる中、ますます先生のような人間力の高さが求められてくると思っています。人と接するときに心がけておられることをご教示頂けますでしょうか。

勝つための努力さえできていれば、負けても後悔はない

W杯の日本代表と将棋では、ちょっと事情が違うかもしれません。やはりファンに注目してもらえることは大変ありがたいことですし、応援の声はとても嬉しく、励みになります。たとえ負けても「次にまた頑張れ!」と言ってくれる温かいファンの方が多い気がします。

結果が出ないときの心構えについてですが、私は歳を重ねてから一局にかける準備の仕方が変わりました。準備を怠って負けるのがイヤになったと言いますか、万全で勝利を目指しても、ふとした瞬間にだらけてしまうことはあるわけで、その気の緩みが原因で負けるのが許せなくなったんです。

勝つための努力がしっかりできていれば、もし負けて悔しい思いをしたとしても、後悔はしません。対局への取り組み方さえしっかりしていれば、負けても仕方がないと思えるんです。もしかしたら「淡白だ」とか「枯れた」とか言われるかもしれませんが、要は結果だけでなく、過程も大事にするようになったんですね。

引退した棋士・神吉宏充さんから受けた影響

「人間力が高い」とお褒めいただいていますが、私のことを嫌いな人もたくさんいると思いますよ(笑)。

人と接するときに特に心がけていることはありませんが、そもそも人から嫌われようと思って接する人はいないと思うんです。見た感じで「ちょっととっつきにくそうだな」と思う人もいないわけではありませんが、誰も率先して嫌われようと思っているわけではないはずです。

私の場合、神吉宏充さんという引退した棋士の話し方を目標にしています。神吉さんは自分で話を作っちゃうんですよ。真面目な話をしている途中でも、急に適当なことを言っちゃうんです。もちろん、やりすぎると怪しげな話をしてくるおじさんみたいなことになってしまいますが、それが絶妙で面白いんですよ。神吉さんの話し方は自分なりに取り入れていますね。話が面白くなりそうならちょっと盛ってみたり。もちろん、許される範囲でですよ(笑)。

Todayさんは「人と上手く接するコツが知りたい」ということですが、その気持ちさえあれば何もしなくていいように思います。文面もとても丁寧ですし。むしろ、今以上に他人に気を使ってしまうと、ストレスになってしまう気がしますし、今までどおりでいいんじゃないでしょうか?


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