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【ゲスト:塩谷舞さん】「反骨心や劣等感などのエネルギーが枯れても、作品は作り続けられるのか?」という悩みにお答え。ヒントはエナジードリンクと、味噌汁<木曜日の相談室vol.12>

目まぐるしく変化する毎日、慌ただしく駆け抜けた今週もあと少し。そんな木曜日の1日に、ほんの少しだけ気持ちが軽くなれるお部屋、「木曜日の相談室」

第6回目のゲストは、会社員、フリーのWebライター、ニューヨークでの生活を経て、エッセイストとして活躍する塩谷舞さん。仕事と人生を見つめ直す中で、「バズる」記事を書くのを辞め、キャリアや人生のあり方を捉えなおし、ご自身の新たな道を切り拓かれています。

今回は「わたしがいま、かかえている悩み」をテーマに相談を募集し、回答をお書きいただきました。

塩谷さんにお答えいただいたvol.11の記事はこちらからご覧ください。

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塩谷舞 プロフィール
1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジンSHAKE ART!を創刊。会社員を経て、2015年より独立。2018年に渡米し、ニューヨークでの生活を経て2021年に帰国。オピニオンメディアmilieuを自主運営。note定期購読マガジン『視点』にてエッセイを更新中。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)

塩谷さんに聞いてもらいたい、「わたしがいま、かかえている悩み」

ペンネーム:くまおさん(20代)
私は作家として活動しております。しかし歳を重ねるごとに、段々と作品を作るエネルギーの源を探している自分がいることを感じました。そこで初めて今までの自分は「やってやろう」という反骨心や劣等感などの負の感情をエネルギーにしていたことに気づきました。しかしそういった状況とは反対に、今の私は生活や思考に安定感が生まれて心身共に満たされています。
現在、年齢とともに変わっていく感情への向き合い方や、コンスタントに作品を生み出せない状況に対してどう対処すべきか悩んでいる状態です。
塩谷さんもご自身のキャリアの中で書く文章や思考が変化していくことがあると思います。その時に自分の中でどういう考えになったのか、舵を切る方向をどのようにして決めたのかなどご相談できますと幸いです。


エナジードリンクと、味噌汁

ご相談を寄せていただき、ありがとうございます。

痛いほどわかる!と、頷きまくってしまいました。私もかなり近しい体験をしてきたんじゃないかと思います。回答になるかはわかりませんが、私の過去について少し書かせてください。

私は20歳の頃から雑誌を作ったり、SNSで情報発信をしたりと、せっせと活動をしていました。当時は大人たちへの反骨精神がいっぱいで、それを文章にするだけで、珍しがってくれる人たちがいました。勢いもあったので、文章を書くのも速かった。変なものを出したとて、がっかりさせる相手もいない。酸素を吸うような速度で刺激を得て、二酸化炭素を吐くくらいの感覚で文章を書いていました。あの頃は、とても楽しかったです。

でも、歳を重ねて責任が生まれたり、身体が追いつかなくなったり、そもそも刺激を好まなくなっていったり……。正直、エネルギーだけで書いていた頃の自分がまぶしい程に、今は書くことが遅いです。

ただ、走っていた頃には見えなかったもの、もしくは無価値だと思っていたものが、ゆっくり歩くことで、次第に目に入ってきました。

2018年からニューヨークで暮らし始めたのですが、最初は英語がほんとうに苦手だったので、言葉を聴く耳と、お喋りする口を閉じてしまったような感覚になったんですね。でもそうすると、視覚が冴え渡っていった。なんでもないと思っていた水の流れの美しさだとか、壁にうつりこむ木の陰だとか、そうしたものに魅了されていき、写真と文章に残すことが増えていきました。そうすると、途端に日常や、感情の解像度がぶわっと上がりはじめた。目が良くなったというよりも、自分の心の小さな変化がよくわかるようになったんだと思います。だから、興奮しながら書いていた20代の頃とは違って、書く行為がセラピーのように変わっていきました。

若い頃に書いていた文章がエナジードリンクのようなものだとしたら、最近はしじみの味噌汁のような……。エナジードリンクであれば細かいことを考えずに量産出来たのですが、今はその日の天候や身体の調子に合わせて都度作っているような感じなので、とにかく時間もかかります。だれかの五臓六腑に染み渡る一杯をつくるのは、なかなか骨が折れたりもします。

でも、それでええんとちゃうかな、というのが今のところの結論です。ゆっくり作って、ゆっくり出す。でも実はこれも、社会への反骨精神なんですよね。「スピード重視ばっかりが正義やないんやで」という気持ちを込めて、ゆっくりと味噌を発酵させ、出汁をとりつつ、しじみの味噌汁をこしらえてます。そうしたものに価値を感じてくださる読者の方に出会えると、あぁ一人じゃなかった! と心から嬉しくなります。

急激な変化は、もちろん家計を痛めます

「とはいえ生活費を稼がねば……」という声が聞こえてきますので、具体的なことも書いておきます。正直、私は味噌作りを始めた頃、文章を書くことでの収入が3分の1ほどに激減しました。ただ、それを見越して他のお仕事を入れていたので、なんとか(本当になんとか)耐えしのぐことができました。いまは、数年前に仕込んでいた味噌もしっかり発酵し、それでこしらえた味噌汁を好きだという方々がお金を払ってくださるようになったので、少しずつ安定してきました。

平凡な日々の中から、どれほどのものが発見できるか

刺激を文章に変換するのは、言ってしまえば簡単なことです。刺激がない、見過ごしそうなほど平凡な日々の中からどれほどの感情を発見できるか? というところが、ものを書く上での醍醐味なんじゃないかなぁ、と私は思っています。もっとも、ここまで全部が私のポジショントークなので、片耳半分に聞いておいてもらえると幸いなのですが!

20代とのことで私よりお若いとは思うのですが、でも、自分より若い世代が出てくるとその勢いにびっくりしちゃいますよね。ただ、無理して反骨心を復活させても、きっと本物の反骨心には敵いません。私も、刺激いっぱいの次世代をチラ見しては煌めきを感じつつ、マイペースに味噌作りに励んでおります。今の自分を受け入れて、ゆっくり仕込んでいくのが長寿の秘訣なんじゃないか、なんてことを思います。


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