「そもそも“弱い”から格闘家になるんだ」。村田諒太選手が「ボクシングが強くならない」という相談にアンサー<木曜日の相談室 vol.3>
目まぐるしく変化する毎日、慌ただしく駆け抜けた今週もあと少し。そんな木曜日の1日に、ほんの少しだけ気持ちが軽くなれるお部屋、「木曜日の相談室」。
第2回目のゲストは、プロボクサーで現WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太選手。今回は「わたしが今、壁にぶつかっていること」をテーマに相談を募集し、村田選手にお話をお聞きしました。
村田 諒太(ムラタ リョウタ)
1986年、奈良県生まれ。中学時代にボクシングを始め、高校時代に五冠を達成。2004年に東洋大学に進学、全日本選手権で優勝。2012年、ロンドン五輪ボクシング・ミドル級で金メダルを獲得。2013年にプロ転向。2017年にWBA世界ミドル級王座決定戦で、22年ぶりとなる日本人ミドル級王者に輝く。
村田選手に聞いてほしい「わたしが今、壁にぶつかっていること」
ペンネーム:リュウジさん(17歳)
父がボクシングが好きで、村田選手のファンです。自分もボクシングをやっています。でも、全然強くなりません。後から入ってきた後輩にも負けてしまいました。すごく恥ずかしいです。どうすれば村田選手みたいに強くなれますか? 強くなるために大切なことって何ですか?
ボクシングは弱さを克服するツール
「強くなるためには?」ということですが、まず「強さ」って何でしょう?
技術的な強さや、フィジカル的な強さに関するアドバイスは、いくらでもできます。でも、そもそも強さを求めるのは、根本に「弱さ」があるからですよね。僕がまさにそうです。
ほとんどのボクサーはもともと弱くて、「ありのままの自分でいられない」「何者でもない自分は、無価値なんじゃないか」と不安なんです。だからこそ、格闘技で強くなろうとするんですよね。
つまり、「自分は弱い」という劣等感がないと強くなれません。そういう意味では、ボクシングは弱さを克服するツールだと言えますね。
大事なのは「どんな自分になりたいか」
もし世界チャンピオンや金メダリストを目指しているのでなければ、どこをゴールにするのか、もう一度考えてみてはどうでしょう。
世界チャンピオンになったとして、じゃあ心まで強くなったのかというと、それはまた別の話です。
僕自身、金メダルを獲って、世界チャンピオンにもなった。でも、内面は何も鍛えられていません。むしろ、「地位を失いたくない」「名誉を失いたくない」という弱い気持ちまで出てきています。
まずは、「どんな自分になりたいのか」を考えてみてください。ゴールは人それぞれです。「以前は出来なかったコンビネーションが出来るようになった」「あんなにボコボコにされていた相手に、ここまで戦えるようになった」でもいいと思います。
センスがないが故に、社会で成功した選手もいた
もし世界チャンピオンを目指すなら、確かに才能も必要かもしれません。東洋大学でコーチをしているときにも、本当にセンスのない選手がいました。ただ、すごく練習も頑張っていたやつなんです。
でも、あるとき僕が他の選手の前で「あいつ、いつも頑張ってるなぁ」って呟いたら、「えっ!? あの先輩が頑張っているの、村田コーチが練習場に来ているときだけっすよ!」って言われて、ビックリしましたね(笑)
「ふざけんな!」って話ですけど、彼は弱いなりにコーチの目を上手く誤魔化して、試合に出ようという努力していたんです。ちなみにその子は、ちゃんと良い会社に就職して、社会人としては成功しています。
ふざけているように見えますが、スポーツというツールを使って、ちゃんと社会での立ち回りは学んだんでしょう。センスがないが故に、別の立ち回りを覚えていく。その姿からは、何か学ぶものがありますよね。
焦りや屈辱感はむしろ、バネに変えてしまうこと
「後から入ってきた後輩に負ける」のは辛いですよね。焦るだろうなぁ。
僕も大学に入学してすぐ、スランプに陥ったことがありました。リーグ戦で負けて、近畿ブロック大会でも負けて、国体でも負けて……。
そのときの国体で、高校の同期の選手が準優勝したんですよ。僕は高校で5冠を獲っていましたが、その同期の選手は高校で一度も優勝していなかったんです。だから、大学で追い抜かれたときは嫉妬心も渦巻いたし、本当に焦ったのを覚えています。
でも、そこで「このままじゃいかん!」と思い直して、練習環境も変えて、2ヶ月後の全国選手権では優勝できました。あのときの屈辱感がなければ、そこから先には行けなかった気がします。
そう考えると、焦るのも悪くない。焦りや屈辱感は、どんどんバネにしていきましょう。
良い練習は「練習の質×練習量」で決まる
ところで、正しい練習はできていますか? 実は練習は、ただ量をこなせばいいわけじゃなくて、ちゃんと良い練習をしないと意味がないんです。
良いパンチの打ち方を繰り返すことで、良いパンチが身に付いていく。良い練習を積み重ねて初めてプラスになるんです。
逆に、良くない練習をしている場合、やればやるほどマイナスになってしまう。ウサギ跳びばかりしていても強くなりませんよね。むしろ、膝を腰を痛めてしまう危険性もあります。
良い練習というのは「練習の質×練習量」で決まるので、まずは練習のベクトルが正しいかを点検しましょう。
「学ぶ」の語源は「真似る」。真似したい選手を見つけよう
思えば、僕も中学・高校時代は間違った練習をしていたかもしれません。
中三で通い始めたボクシングジムでは、いきなりスーパーライト級の日本ランキング一位のプロボクサーとスパーリングをして、鼻の骨を折られました。そんな練習、良いはずがないですよね(笑)。
僕はボクシングのビデオをめっちゃ観ました。フェルナンド・バルガスとフェリックス・トリニダードの全勝対決は燃えたなぁ。あるときはマイク・タイソンの真似をしたり、リカルド・ロペスの真似をしたり。意外に、あの日々が僕を強くしてくれた気がします。
「学ぶ」の語源は「真似る」だそうですね。自分のスタイルに合ったボクサーを見つけて、研究したり、真似したりしてみるのもいいかもしれません。
勝利の経験が最高のメンタルトレーニング
気持ちが弱くて、試合に勝てないパターンもあります。僕も初めはイケイケだったんですけど、高校でノックダウンさせられて、ボクシングが怖くなったことがありました。
ボクシングはどこで自信をつけるかが大事で、試合に勝つことで急に自信がついたりもするんです。
よく「練習は嘘つかない」と言いますが、それは嘘。練習しても結果が出ないときはあります。練習をして、ちゃんと結果が出たときに、初めて「これでいいんだ」って自信がつくんですよ。
逆に、メンタルトレーニングをした結果、勝ってもいないのに自信をつけてしまったら本末転倒でしょう。やっぱり最後はどこかで勝たないと。勝つという結果が、最高のメンタルトレーニングですから。
一度結果が出れば、必然的にメンタルも変わっていくと思うので、まずは勝つまでは辞めずに頑張ってみてはどうでしょう?